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福岡高等裁判所 昭和29年(う)1629号 判決 1954年10月30日

控訴人 被告人 志水章

弁護人 柴田健太郎

検察官 中倉貞重

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人柴田健太郎提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点について、

職業安定法第五条にいわゆる職業紹介は求人者と求職者との間の雇傭関係の成立をあつ旋することを実質的内容とするものであり、あつ旋行為が利害の相対立する両当事者間の交渉に介入することについて通例両当事者の諒解があり双方の依頼を受けて行われることに鑑みると、右の場合行為者があらかじめ、求人及び求職の申込をうけたことは当然あつ旋行為の前提をなすものであるから、求人者と求職者との間に介入してその間における雇傭関係の成立をあつ旋した具体的事実を判示すれば、それが求人及び求職の申込をうけたことに基くものであることを自ら暗に判示したものと解されるので、行為者が求人者と求職者との間における雇傭関係の成立をあつ旋した事実が具体的に判示されている以上、あらかじめ求人及び求職の申込をうけて右あつ旋をするに至つた旨を判文に特に明示しなくとも、職業紹介をした事実の判示として何等欠けるところはないものということができる。

ところで、原判決は罪となるべき事実として、論旨摘録のとおり判示していて、なるほど、被告人があらかじめ山岸仁三郎から求人の申込をうけたのか、又、右田サヨ子、森初子、中川道子からそれぞれ求職の申込をうけていたのかどうかを明示していないことは所論のとおりであるけれども、原判示事実中、「山岸仁三郎方において同人に対し、右田サヨ子を同家女給として雇入れ方のあつ旋をなして雇入れさせ以て……職業紹介をなし」との森初子、中川道子の場合も同文の被告人が山岸仁三郎と右田サヨ子、森初子、中川道子との間における各雇傭関係の成立をあつ旋して両者間に雇傭契約を成立せしめるに至つたあつ旋行為の具体的判示事実自体、被告人があらかじめ山岸仁三郎から求人の申込をうける一方右田サヨ子外二名からも順次、求職の申込をうけて同女等を山岸仁三郎に引き合わせ、右あつ旋行為をするに至つたものであることを暗に判示したものと解されることは前段説明したとおりであるから原判決は被告人が判示職業紹介をした事実の判示として何等欠けるところなく、所論のように理由不備の違法は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について、

しかし、原判決の挙示した各証拠を綜合すると、被告人はかねて親交があり且つ自分の姉千恵子も従業婦として働いていた判示特飲店「丸嘉」の経営者山岸仁三郎及び同人の妻テル代から直接に口頭若しくは書信を以て又は右千恵子を通じて間接に山岸仁三郎方で従業婦として働くべき女の物色、身許調査等女の雇入について世話してもらいたい旨の依頼をうけていた事実、森初子は以前特飲店の従業婦として働いたこともあつたが、たまたま、昭和二十七年十一月下旬、熊本県八代郡鏡町の内田旅館に宿泊中、同旅館の女主人から「遊んでいるより何処かに働きに行かないか、志水章という人が働き先は詳しいから」と勧められて被告人に引き合わされたところ、被告人は「貴女が男の客をとる商売にもう一度出たいというのなら自分の姉も鳥栖町の料亭に働いているからそこにでも世話してよい」といつたので、同女もそこで働く気になり是非周旋をお願するといつて、従業婦としての就職の周旋方を依頼したため被告人もこれを承諾し被告人に連れられてその翌日頃、山岸仁三郎方に赴き、被告人の紹介で同人との間に雇傭契約ができ、同人方で従業婦として働くようになつた事実(判示第二の(一))を認定することができる。この事実によると、被告人は求人者たる山岸仁三郎から従業婦の物色方等女の雇入についての世話を依頼され求人の申込をうけるとともに他方森初子からも従業婦としての就職の周旋方を依頼され、求職の申込をうけて、両者の間に介在し、同女を山岸仁三郎方に同道して同人に紹介した結果、直ちに両者間に雇傭関係の成立を見るに至つたもので被告人の所為は、右雇傭関係の成立のための便益をはかりその成立を容易ならしめ、あつ旋したものであることが明らかであり、職業安定法にいわゆる職業紹介をしたものであることは一点疑を容れる余地のないものといわねばならない。

論旨は、被告人は既に山岸仁三郎方で働く意思を決定していた森初子から山岸仁三郎方までの道案内を頼まれ、たまたま所用のために同人方に行く必要があつたので、たんに同女と同行したにすぎないというけれども原審証人山岸仁三郎、同志水千恵子等の証言中、右主張にそうような部分の供述は前記事実の認定できる部分の証拠と対比してたやすく措信し難く他に右主張にかかる事実を認めて前記認定を覆するに足る証拠は見当らない。

そして、又、被告人が判示第一の右田サヨ子、同第二の(二)の中川道子から、それぞれ特飲店に従業婦としての就職の周旋方を依頼されて求職の申込をうけた上、同女等を順次、山岸仁三郎方に同道して同人に紹介し、判示のとおり、同女等を同家女給として雇入方のあつ旋をして雇入れさせ職業紹介をした事実も優に認定することができる。してみれば、原判決が挙示の証拠によつて各判示事実を認定し、これを、職業安定法第六十三条第二号に問擬処断したのは、まことに正当で原判決には所論のように事実の認定を誤り、擬律の錯誤を犯した違法の点なく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 西岡稔 判事 後藤師郎 判事 大曲壮次郎)

弁護人の控訴趣意

一、原判決は「被告人は佐賀県三養基郡鳥栖町大字鳥栖六百十五の一番地特殊飲食店「丸嘉」こと山岸仁三郎方の女給は公衆衛生上且公衆道徳上有害な業務である売淫行為に従事するものであることを認識しながら、第一、昭和二十六年十一月頃右山岸仁三郎方において同人に対し右田サヨ子(当二十二才位)を同家女給として雇入方の斡旋をなして雇入させ以て公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務につかせる目的で職業紹介をなし、第二、(一)昭和二十七年十月二十三日頃前記山岸方において同人に対し森初子(二十一年)を同家女給として雇入れ方の斡旋をなして雇入れさせ、(二)同日時同所において右山岸に対し中川道子(二十一年)を同家女給として雇入れ方の斡旋をなして雇入れさせ以て各公衆衛生上又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で各職業紹介をなしたものである」と認定し右各事実を職業安定法第六十三条第二項に該当するものとしている。

然し職業安定法に謂う職業紹介とは同法第五条によれば求人及び求職の申込を受け求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあつ旋することである。然るに右原判決の認定事実は単に被告人が山岸仁三郎において同人に対し右田サヨ子を同家女給として雇入れ方の斡旋をなして雇入れさせたというに止まり果して被告人が山岸仁三郎から求人の申込を受けたのか又右田サヨ子から求職の申込を受けていたのか全く説示がしてないもしこの両名から求人求職の申込がないものとすれば右法律に云う職業の紹介をなしたものとならないこと言を要しない。森初子、中川道子の場合も同様である。果して然らば本件は職業安定法に云う職業紹介をなしたものかどうか原判決の事実摘示だけでは明白でない。原判決は理由不備の違法があり当然破毀を免れない。

二、原審証人山岸仁三郎、志水千恵子、森初子、竹永数守の各証言によれば被告人は森初子から被告人の姉志水千恵子が働いている山岸仁三郎方に連れていつてくれと頼まれて偶々被告人も山岸方に所用の為め行く必要があつたので同行したものであることが明瞭である、右各証言によれば森初子は以前から所謂特殊飲食店において働いていた経験があり志水千恵子が働いている山岸方で働く意思を決定していたのであるがその家の所在が明確でなかつたので同行を依頼したものであつて決して被告人に求職の申込をしたのではない。

前述のように職業安定法にいう職業紹介というのは求職者から求職の申込を受けて雇傭関係の成立のあつ旋をした場合でなければならない求職者から求職の申込を受けたのでなく唯単に求職者が求職の場所までの連行依頼を受けて同行しただけではその者の便宜を計つたことにはなるであらうが同法に言う職業の紹介になるものでないことは云うまでもない。この意味において本件被告人の行為は職業の紹介をしたことにならないものであつてこれを同法第六十三条第二号により処罰したのは事実の認定を誤り擬律の錯誤を犯した違法の判決として破毀を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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